3 立証責任
 (1) 内容
 @ 意義
   立証責任(挙証責任、証明責任ともいう)とは、具体的な民事訴訟においてその骨格となる主要事実が証拠調べの結果によっても存否不明である場合、これを存在とするか不存在とすることにして判決がされることによる、当事者一方の不利益のことである。
   すなわち、民事訴訟における裁判の三段論法は、大前提たる実体私法に、小前提としての事実認定を加えて、結論としての判決を導き出すという作業であるが、主要事実が存在するのか存在しないのか不明であるという事態が生じる。しかし、事実認定ができないから判決をしないということは、裁判を受ける権利からして許されない。そこで、存否不明の場合はこれを不存在とするか存在するとするかにより、実体私法の適用ひいては民事訴訟による民事紛争の解決を可能にする必要がある。
   この場合、仮に「存否不明のときは不存在と扱う」とすると、その主要事実の存在を認めてもらいたい当事者としては裁判官が「その事実が存在する」という確信を抱く程度に立証する必要があるが、相手方当事者は「その事実は存在しない」という程度まで反対立証する必要はなく、「その事実が存在するかどうかわからない」という程度の反対立証をすれば足りることになる。逆に、「存否不明のときは存在と扱う」ということになると、その主要事実の存在を認めてもらいたい当事者は、裁判官が「その事実が存在する」という確信を抱く程度に立証する必要はなく、「その事実が存在するかどうかわからない」という程度に立証すれば足りるが、相手方当事者は「その事実は存在しない」という程度まで反対立証する必要があることになる。
   そして、立証責任を当事者に課せられた立証の負担という観点からみると、上記のような不利益を受ける当事者は、その不利益をはね返すだけの立証の負担を負わされ、もしこれをはね返すだけの立証に成功しないときは不利な判決を受けてしまうということになる。
  例:売主Aの買主Bに対する金1000万円の売買代金請求訴訟において、平成7年1月1日のAB間の売買契約締結という主要事実の存否が争われ、証拠調べをしてもその存否が不明であるとき、仮に「存否不明のときは不存在とする」という次に述べる立証責任の分配がされたとすれば、その契約の存在を主張する原告は、裁判所において「その契約が存在する」という確信を抱く程度に立証をする負担を負うと同時に、そのような立証をしなければ判決において不存在として扱われるという不利益を負う。逆に、「存否不明のときは存在する」という立証責任の分配がされたとすれば、その契約の不存在を主張する被告が、裁判所において「その契約は存在しない」という確信を抱く程度に立証しなければならない。
 A 主張責任との関係
   なお、立証責任は、民事訴訟のみならず、裁判の三段論法が適用される刑事訴訟・行政訴訟その他あらゆる形態の訴訟においても問題となるが、主張責任は弁論主義が採られる訴訟(主として民事訴訟)においてのみ問題となる。
 (2) 立証責任の分配
 @ 意義
   証拠調べをしても主要事実の存否が不明である場合にこれを存在又は不存在と扱うことは、必ず当事者のどちらか一方に不利益を課すことになるが、この場合、ある具体的な主要事実につき存否不明の場合に存在とするかそれとも不存在とするかが立証責任の分配である。
  例:売買代金請求訴訟において売買契約締結の事実が問題となったとすると、もし売買契約締結の事実につき「存否不明のときは不存在とする」という立証責任の分配がなされると売買代金の支払いを求める原告にとって不利になり、逆にこれにつき「存否不明のときは存在とする」という立証責任の分配がなされると代金支払請求を受ける被告に不利になる。
   そこで、立証責任の分配は公平であることが必要であるが、これは究極的には、各主要事実の基本である実体私法の解釈問題である。
 A 分配の原則ー法律要件分類説
 イ 権利根拠事実・権利障害事実・権利消滅事実
   民事訴訟における立証責任の分配の仕方は、究極的には実体私法の解釈問題であるが、その考え方として実務の大勢を占めているのが法律要件分類説である。これは、ある主要事実の立証責任の分配を、実体私法の法律要件の規定の仕方に求め、具体的な訴訟上の請求権(訴訟物)を基準にして、@権利根拠事実(その請求権の発生を根拠づける主要事実)についてはその発生を主張する当事者に、A権利障害事実(例外的にその請求権の発生を障害させる主要事実)についてはその障害を主張する当事者に、B権利消滅事実(その請求権の消滅を根拠づける主要事実)についてはその消滅を主張する当事者に、それぞれその存在の立証責任を負わせるというものである。
  例:原告Aが被告Bに対し甲建物の売買代金1000万円の支払いを求める訴訟において
  ・「平成7年1月1日にAB間で甲建物を代金1000万円で売る合意をした」という事実→売買代金請求権の発生を根拠づける→発生の効果を主張する原告Aにその存在の立証責任
  ・「平成7年1月1日の売買契約をした買主Bに甲土地を乙土地と間違えた要素の錯誤があった」という事実→売買代金請求権の発生を障害させる(契約が無効)→障害の効果を主張する被告Bにその存在の立証責任
  ・「平成7年1月15日に買主Bは売主Aに対し代金1000万円を弁済した」という事実→売買代金請求権を消滅させる(債権消滅)→消滅の効果を主張する被告Bにその存在の立証責任
 ロ 訴訟形態との関係
   立証責任は、当該訴訟物たる実体法上の請求権を基準とし、それが給付の訴えか確認の訴えかなどの訴訟上の請求の種類によって異なることはない。
例:買主Bが原告となり買主Aが被告となった金1000万円の売買代金債務不存在確認請求訴訟においても、売買契約の存在についてはAが、要素の錯誤及び弁済の各存在についてはいずれもBが、それぞれ存在の立証責任を負う。
 (3) 分配原則の修正ー推定
 @ 立証責任分配の基本原則は法律要件分類説であるが、これによると一方当事者に過重な立証責任を負わせる。
  例:民法162条の所有権の取得時効を理由に原告Aが被告Bに対しある土地につき所有権確認訴訟を提起している場合、法律要件分類説によれば、民法162条1項又は2項にいう「20年間の占有」又は「10年間の占有」の法律要件に具体的に該当する主要事実は、権利根拠事実として原告Aの立証責任に属するが、「20年間の占有」又は「10年間の占有」ということは、原告Aが「20年又は10年の間ずっと占有を継続しその間一度も占有の不存在(占有中断)はなかった」ということであるから、この事実のすべての立証責任を原告Aに負わせることは、立証困難な事実の立証責任を一方当事者に負わせ、必ずしも公平とはいえない(事実の不存在の立証は、いわゆる「悪魔の証明」とよばれ、立証困難と考えられる)。
 A 推定規定の意義(みなし規定との区別)
   そこで、このような立証困難を救済するため、明文でより立証の容易な事実(前提事実)があれば実体事実があると推定するという規定を設けることがあり、これを推定規定という。たとえば、民法186条2項は「前後両時ニ於テ占有ヲ為シタル証拠アルトキハ占有ハ其間継続シタルモノト推定ス」と規定し、「最初の時点の占有」と「最後の時点の占有」の立証がなされれば「その間の占有の継続」を推定し、占有の継続という立証困難な事実の立証の困難性を救済している。
   推定とは、いわば事実認定に関する経験則を明文化した推定規定により、法律要件分類説からくる当事者一方に生ずる過重な立証責任を緩和するものであるが、これは要するに立証責任を転換するものである。
   上記の例では、民法186条2項がなければ、原告Aは民法162条により「20年又は10年の占有の継続」を立証しなければならないところ、民法186条2項が存在することにより20年又は10年の「最初の時点の占有」と「最後の時点の占有」を立証すれば足りるが、推定はあくまで推定であるから、相手方たる被告Bにおいて、「占有の継続の不存在」(占有の中断)を立証すればその推定を打ち破ることができる(これに対し、民法125条のように「見なす」とされているときは、反対証明をしても生じた法律効果を覆すことはできないことに注意)。
   つまり、20年又は10年のある中間の時点における「占有」の有無が問題とされ、証拠調べをしても存否不明となった場合、実体規定たる民法162条だけをみると、その時点における占有の存在が原告Aの立証責任に属するから、判決において占有継続の不存在として判断されることになるが、推定規定である民法186条2項が存在することにより、その時点における占有継続の不存在(占有の中断)の立証責任が被告Bに転換され、判決において占有存在として判断されるという逆の結論が導かれる。
 B 法律上の推定と事実上の推定
   立証責任転換の機能があるのは、民法186条2項のような明文の規定がある場合に限ってであって、これを「法律上の推定」といい、裁判官の事実認定の際の心証形成(証拠資料等から事実認定をする過程を心証形成という。)に参考となるにすぎない経験則である事実上の推定と異なることに注意が必要。
 C 事実推定と権利推定
   同じく法律上の推定であっても、民法186条2項のように、事実から事実を推定するものを「法律上の事実推定」といい、手形法16条のように事実から直接に法律効果自体を推定するのを「法律上の権利推定」という(手形法16条によれば、「個々の裏書行為による手形債権の譲渡」の代わりに「連続した裏書記載のある手形の所持」という事実を立証すれば、「その所持人は適法な債権者(所持人)である」という「権利」が推定される。)。

 (4) 主要事実の分類
 @ 概説
   主要事実ないし要件事実は、実体私法の法律要件に具体的に該当する事実であって、主張及び立証の対象として、いわば民事訴訟の骨格をなす事実である。
   そして、ある具体的な主要事実については、当事者の一方がその存在又は不存在につき主張責任並びに立証責任を負うが、主張責任の分配と立証責任の分配とほぼ一致すると解するのが通説であるから、主張及び立証責任の分配という観点から、@請求の原因、A抗弁、B再抗弁、C再々抗弁、D(以下これに準じる。)という分類がされており、訴訟実務において慣用されている。
 A 請求原因事実
  「請求の原因」とは、原告の被告に対する訴訟上の請求(訴訟物)を理由あらしめる主要事実のうちで原告に主張及び立証責任があるものをいう。これは、請求を特定する要素としての「請求の原因」(民訴法133条2項2号)とは異なり、主張及び立証の対象となる主要事実の分類としての概念である(民訴規則53条1項にいう「請求を理由づける事実」がこの請求原因事実のことである。)。
 B 抗弁事実
   抗弁とは、上記の意味における請求の原因を理由なからしめる主要事実のうちで被告に主張及び立証責任があるものをいう。この場合、抗弁は請求の原因と同次元の主要事実の分類であるから、抗弁事実と請求原因事実とは両立する別の事実であり、請求原因事実に対する答弁(認否)としてこれを矛盾する別の事実を主張する積極否認(理由付け否認)と区別される。
 C 再抗弁事実以下
   再抗弁とは、抗弁を理由なからしめる主要事実のうちで原告に主張及び立証責任があるものをいい、再々抗弁とは、再抗弁を理由なからしめる主要事実のうちで被告に主張及び立証責任を負うものをいう(以下、再々々抗弁等は、これに準じて定義付ける。)。
   以上のとおり、請求の当否について、原告において主張及び立証の必要が生じた場合には、原告は、請求原因事実・再抗弁事実・再々々抗弁事実等について主張立証責任を負い、被告は、抗弁事実・再々抗弁事実等について主張立証責任を負う。
   したがって、請求原因・再抗弁事実等については原告が、抗弁・再々抗弁事実等については被告が、それぞれ積極的な主張及び立証活動を行い、相手方当事者はいわば防御的主張及び立証活動を行うのが通常である。
  例:原告Aが被告Bに対し甲建物の売買代金1000万円の支払請求をする場合、「AとBは平成7年1月1日に甲建物をAからBに代金1000万円で売る合意をした」という事実は、民法555条の法律要件に具体的に該当する主要事実であるとともに、売買代金債権の発生を根拠づけるもので原告Aにその存在の主張立証責任があり、請求原因事実となる。
   そして、「平成7年1月1日にしたBの買受けの意思表示には乙建物を甲建物と思ったという要素の錯誤があった」という事実は、売買代金債権の発生を例外的に阻害するものとして被告Bにその存在の主張立証責任があり、また「BはAに対し平成7年1月15日に甲建物の売買代金1000万円を弁済した」という事実は、売買代金債権を消滅させるものとして被告Bにその存在の主張立証責任があり、いずれも抗弁事実となる。
   更に、「Bの要素の錯誤には重大な過失があった」という事実については、要素の錯誤による売買契約の無効の効果の発生を例外的に阻害するものであり、その存在の主張立証責任が原告Aにあり、再抗弁事実となる。
   他方、売買契約締結の請求原因事実に対し被告Bが仮に「売買契約でなく贈与契約であった」旨の主張をした場合、売買契約を贈与契約とは両立し得ない事実関係であり、しかも贈与契約であることと訴訟物たる売買代金請求権とは法律効果の上で直接の関係はないから、「贈与契約であった」旨の被告Bの主張は抗弁事実ではなく、請求原因事実たる売買契約締結の事実に対する積極否認(理由付け否認)である。
   なお、買主Bが売主Aに対し売買代金債務不存在確認請求をする場合を考えてみると、そもそもAB間の売買契約締結の事実についてはその不存在の主張立証責任が原告Bにあるのではなく、その存在の主張立証責任が被告Aにあるから、請求原因事実は存在せず、AB間の売買契約締結の事実が被告Aの抗弁事実となり、要素の錯誤と弁済の各事実が再抗弁事実となり、重過失の事実が再々抗弁事実となる。


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